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教室レポート(93)        2012






金沢教室 5月17日(木)  


初めに霊界物語第六巻第20章「善悪不測」を拝読

基本宣伝歌の中にある「誠の力は世を救う」の意味が述べられています。『心中一切の混濁溟濛(曇って暗い)

なる貪瞋痴(どんしんち)の悪毒なければ、悪心ここに消滅して、烈火も亦清涼の風となるなり』とあるように

、国祖国治立命、豊国姫命二神のお力を得て、仏教で言う貪瞋痴の三毒(煩悩)、即ち貪欲(どんよく)、瞋恚

(しんい)、愚痴(ぐち)を無くせば、艮坤二神のように、たとえ天教山の火口に飛び込むもその火は清涼の風と

感じられるのです。

 また善悪については、この宇宙は陰陽(霊体、善悪)二元より成り立っているので「陰陽善悪相混じ、美醜明

暗相交わりて、宇宙の一切は完成する」のであり、「善悪は時、所、位によりて善も悪となることあり。実に

善悪の標準は複雑にして、容易に人心小智の判知すべき限りにあらず。故に善悪の審判は、宇宙の大元霊たる

大神のみ、その権限を有し給ひ、吾人はすべての善悪を審判するの資格は絶対無きものなり。、悪もまた善と

なることあり。」と示されています。それ故「みだりに人を審判(さばく)は、大神の職権を侵すものにして、

僣越の限りと言ふべし。 ただただ人は吾が身の悪を改め、善に遷ることのみを考へ、決して他人の審判をな

すべき資格の無きものなることを考ふべきなり」とあります。

人は自己の狭く小さな心を基準に善悪を判断しましが、神は広く大きな目で判断されます。いま自分を苦しめ

る者が必ずしも悪ではなく、後に自分を助ける者となっていた事に気づくことがあります。それ故、自分の小

さな心で他人を裁く事は絶対にしてはならない事です。「吾を愛するもの必ずしも善人に非ず、吾を苦しむる

もの必ずしも悪人ならずとせば、ただただ吾人は、善悪愛憎の外に超然として、惟神の道を遵奉するより外無

しと知るべし。」


第13巻第17章「臥龍姫」18章「石門開」を拝読

臥龍姫の門を開こうとしたとき  門内より、

『アハヽヽヽ、分らぬ奴だ。神秘の門は汝自ら汝の力をもつて開くべきものだ。少しの労を惜み、他人に開門

させむとは狡猾至極の汝の挙動、神秘の鍵を持ち忘れたか』といわれます。

 「一にも祝詞、二にも祝詞」と神言を奏上すると門が開きます。ここに祝詞が如何に大切であるかが判りま

す。

弥次彦『アハヽヽヽ、さつぱり分らぬ宣伝使だ。弥次彦、与太彦の御両人さまは如何なるお方と心得て居るか。

後で吃驚して泡を吹くなよ』

と云ひながら、忽ち赤白の二つの玉となつてブーンと唸りをたてて何処ともなくかけ去つた。

は木花姫の化身であろうか。

ここに出てくる出雲姫は第四巻の常世会議に出席した、猿田姫の妹で後の天鈿女(うずめ)命であろう。

                                              以上阿良田記


富山教室は休講


次回

6月21日(木) 富山教室 午後 7時より    15巻

6月25日(月) 金沢教室 午後 1時30分より 13巻



八重洲教室 5月26日(土)  


 冒頭にてモンゴルに行かれた話を聞く。出口王仁三郎聖師の入蒙記を思いだしながら、楽しく聞かせてもら

った。


 第24巻  序文  総説  第一章 粉骨砕身  第二章 唖呍  第三章 波濤の夢  第四章 一島の女王

       第五章 蘇鉄の森

 総説で、「現代は真の宗教無く、又宗教家もない。」とあり、神代に於ける宣伝使とは天地霄壤の差が有る

という。

 バラモン教の福棟梁である鬼熊別の一人娘の小糸姫を友彦が助けたことから、友彦は鬼熊別夫婦の信任を厚

くして行く。この時のバラモン教の幹部は利己主義の猜疑心の深い頭抑えの連中ばかりと、組織の批判をして

いる所が示唆に富んでいる。友彦と小糸姫は恋に落ち、セイロン島に駆落ちする。

 友彦の身魂のメッキが次第に剥げて行き、小糸姫は愛想を尽かし友彦を残して太平洋を目指して船出して行

く。

小糸姫は船中で供のチャンキー・モンキーに襲われ五十子姫等に助けられて三五教の宣伝使になり竜宮の一つ

島へと向う夢を見る。夢から覚めて、船は難破し実際に五十子姫等に救われ、三五教の教理を植付けられ一つ

島の女王黄竜姫となる。
 
 一つ島では高山彦がブランジー、黒姫がクロンバーとして三つの宝を探しに来ていたのであるが、黄竜姫に

この島には宝は無いと言われる。

 高姫、蜈蚣姫等は大島に上陸し、大蜈蚣に襲われそうになったりするが、真正の日の出神より悔い改めて一

つ島の黒姫を救えと宣旨されるのであるが、蜈蚣姫を置いて行こうとしたり、すぐに日の出神の訓戒を忘れて

しまう。二人の関係は悪化しながらも再び船出していくのであった。

                  
                                           桜井道彦記


青梅教室 5月28日(月)  


                                          於青梅市民会館

物語、16巻、15章谷間の祈、16章神定の地、17章谷の水までを拝読。

前章、鵜呑鷹にて高姫に如意宝珠の玉を呑み込まれ、かつ逃走された後から始まる神劇の展開は、第三篇〈真

奈為ヶ原〉の物語の伏線の部分の、15、16、17章とも受け取られて、奥深
く豊かな内容の拝読箇所でし

た。

青彦が三五教に心底改心させられる所は、悦子姫に神霊を満たして天照大神が御心を配りながら導かれてゆく

場面に心惹かれるものが有りました。青彦はここから試練をうけながら宣伝使として
成長して行きますが、改

にも節目が存在する様にも思われます。また偽宣伝使で有っても青彦の周りに集まる民衆の欲深さは、現代

会の慾ボケ現象にも繋がります。ニセ宗教に金を巻き上げられ、儲け話が有れば飛びついて痛い目に遭う。

物語は何時の時代にも通用する様にも思われます。

今回の拝読箇所では、天照皇大神と天照大神とが同格に扱われて居ります。神定の地元伊勢に纏わる神話の

で、主神の分霊としての天照大神が修行され神格を完成させて行く過程が述べられ
て居ります。注意深く拝読

したく思います。物語によってのみ私達は救済されると教えられています。拝読すれ
ば聖師様にお会い出来る

も言われます。実際稀では有りますが、拝読しつつ聖師様の懐にいるが如き思いがする時が有ります。その

な時に度々巡り会いたく思いながら、拝読会を続けて居ります。

                                                  三輪 光佳

次回、6月25日、物語16巻。