教室レポート(48)        2008



大阪教室 4月12日(土)  


 先生は、先頃米国ワシントンD.C.において、全米合気道界の招待で『出口王仁三郎と植芝

盛平』と題して講演された。冒頭にその報告があった。

アメリカ側からは、「今の合気道は本来の姿から変容してしまった。名実ともに合気道の起

源である綾部に、精神的メッカとして位置づけられるものを形成して欲しい。更に、合気道

の植芝開祖が唱えた合気道の本質ともいえる特有な表現を、明らかにしてもらいたい。」と

の要望が出された。

当時植芝開祖は、合気道を理解するには深い精神性が不可欠で、それには霊界物語を読むこ

とだと述べられていた。

 また、先生は聖師が多く提唱された、今回の合気道を始め、農(大地)や正食そして芸術な

ど総合したコスモロジーの形成が重要と考えられ、日本の綾部が平和なコスモスのひな形と

なればと、今後の展望を話された。


 物語は第六章「石槍の雨」から第十章「白狐の出現」まで

「石槍の雨」は重要な章でお歌から始まる。

神素盞嗚大神と国祖の分霊国武彦は、桶伏山の蓮華台上で三十五万年後の再会を約束された。

この三十五万年後は辛酉大正十年九月八日のことで、霊界物語を世に出すよう聖師に神命が

下った日を
指す。

神の言葉が世に出ること即ち、ミロク神政時代の幕開けである。

神業妨害の鬼彦、鬼虎その他バラモン教の配下は、石の雨に悩まされ血を流す。

この石槍の雨で「血を出す」は、秋山彦の宣伝歌に、鬼や悪魔になった身魂を禊ぎして元の

身魂に立て直す神の業で、神素盞嗚大神の深い恵みの御教えとある。信仰上大切な宣伝歌だ。

身魂の塵や垢を取り除き神の心に成れば元の神の子に甦る。

元来日本民族は、至仁至愛の絶対の神に守られていることに常に讃美と感謝を捧げていたも

ので、
今の日本人はそこに気づかなければならない。

                                      入江記

次回は5月10日(土) 午後1時30分~ 第十六巻


金沢・富山教室 4月15日(火)  

北陸地方はちょうど桜が満開の時期を向かえました。今月は金沢、富山教室とも同じ箇所を

勉強しました。富山では呉仁館の都合により参加者のお一人である石浦さんのお宅(高岡市)

で勉強しまた。


第4巻 第40~45章までを拝読勉強。

第40章 末尾の「神の子の罪引き受けて苦しむも/神は世界の親なればなり」のお歌を引

用し、日本の神道には「代受苦」という概念が無いと言われているが、古事記の世界にはあり

ます。天地の剖判に中心となって働かれた国祖が引退されるのは矛盾しているように思うが、

それは我々が犯した罪穢れ一切を神が自ら贖って下さると言う事であり、我々に代って苦を受

けとってくださる存在であります。即ち、神は親であり、そこに我々は神の子である事が解せ

ます。

また、古事記には安の河原で、天照大神との誓約(うけい)によって素盞鳴尊の身の潔白が

証明されますが、付き添ってきた神々が暴れ、高天原を追放されるのは素盞鳴尊が我々に代わっ

て罪穢れを受け取る贖罪の働きを表しています。

しかもその形は大本の歴史の中で再現されます。開祖が天照、聖師が素盞鳴の役(立場で)を

演じ論争が起きます。そして、天照大神の天の岩戸隠れは死を意味し、岩戸が開くことは復活

を意味しています。しかも、鈿女命(うづめのみこと)の踊りによって、岩戸を少し開いたとこ

ろを手力男命によって出てこられたのは、筆先(神諭)に因ればいわば騙されて出て来られた

のであり、今度の二度目の岩戸開きは誠で開かねばならないと示されています。そこで、誠で

開くための雛形を開祖と聖師が行なわれました。大正五年の筆先に素盞鳴尊(聖師)は代受苦

の神であり、天の親神であることが示され、そこで和合ができます。さらに聖師は大本と日本

の国家を使って第2段の型をされます。大本は国家によって弾圧され木っ端微塵に叩かれます

がそれは素盞鳴が高天原を追放される型であり、大本はその後復活します。さらに、第3弾と

して、日本と世界とによる型が示され、日本が敗戦を向かえ再生されます。まさしく死と復活

の神話を再現しているのです。その復活によってもたらされたものの1つが、武器の撤廃であ

ります。

日本における祝詞の研究者は祝詞の中に祈願が一切入っていないと指摘しています。感謝と

賛美以外無いとのことです。すなわち神と人は親子の関係であるから神は代受苦をしてくださ

る為、人は肉体と精神を健全に保っていられるのであります。

イザナギ、イザナミ二神が国生み、島生み、神生みで始めに失敗をする、それは美斗能麻具波

比(みとのまぐはひ=結婚)によって我々に見本を見せてくれる。おそらく人が犯すであろう失

敗をして見せる事で、我々が犯した罪を贖ってくれるのである。国祖もまた然りで、天地の律

法に「怒る無かれ」とあるのを神自らが犯してしまう事で根底の国(地獄〕に下るのは、我々

に代わって苦を受取って下さると言うことです。その事は国祖のご引退を「神界経綸上止むを

得ざる次第ならんか」と示されていることからも推察できます。また、祝詞の中では「千座の

置戸を負う」と言う言葉によって集約されています。そして、国祖ご復権の明治二五年まで陰

からご守護下さいました。キリスト教ではキリストが磔に遭うことで、まさに代受苦を受ける

わけであります。

等のお話がありました。
 
      

次回

金沢教室  5月27日(火) 午後 1時より    5巻

富山教室  5月27日(火) 午後 6時30分より 5巻



四日市教室 4月25日(金)  

 如意宝珠・寅の巻 第15巻  第一篇 正邪奮戦  第6章 北山川 ~ 第10章 神楽舞

 太玉命と16花の活動により顕恩郷は元の天国になったのだが、その前にエデンの河中に

消えてしまった人達がいる。安彦、国彦、道彦の3人の宣伝使と百舌彦、田加彦の二人、こ

の人達の物語。

 「エデンの河の渡し場で船を濁流に流して河中の岩石にぶちあたって木っ端微塵に砕いた

結果・・いつのまにやらコンナ大野ヶ原を横断し、又もや”一途”の川の岸辺についたのだ。

吾々一同は、一旦土佐衛門となって冥途の旅を今やっているのだ・・」

 この人達も最後には漁師に変じた妙音菩薩に救われます。

 「夢に夢見る心地して、現界にいるのか幽界におるのか、まだはっきりと確信がつかぬわ

い」 - そこで現界なのか幽界なのか、香具の木の実をたべてみて苦いか甘いかすっぱい

か、その味で決めようというのです。何とも変なはなしですが、霊界物語らしいと云えばら

しいお話ではあります。

 サテ、そうこうするうちに彼らはウラナイ教の本部に迷い込んでしまいます。内部は目の

見えないひとばかりで、麦めしにとろろをかけたダイエット健康食のようですが、水洟をす

するような、ズウズウという音をさせながら食べているというのですから、何ともはや汚ら

しい感じです。しかし、この建物は小さな村落の中に他を圧してそびえる大廈高楼なのだ。

違和感があるといいましょうか、不思議といいましょうか考えさせられるところです。

 目が見えないのをいいことに、どんぶり鉢をすりかえたり、どんぶりの中に灰をいれたり

、薯蕷汁を座敷にばらまいたり、果てはドンブリ鉢を投げつけたり、てんやわんや・・つい

に高姫は怒り出し、三五教の宣伝使はこんなもんなんだといい始めますが、治まらないのが

安彦、道彦ら三五教の宣伝使。ここから神様の教についての大教学論争が始まります。

さあ、どちらに軍杯があがったのでしょうか。気になるところです。

                                      水谷記


台中教室 4月27日(日)  

今回は、前回までの第28巻の続きではなく、今年五十年祭を迎えた西田元教翁にちなんで

第2巻、第38巻を学ぶ。

先ず、先月4日に執り行われた西田元教翁五十年祭の模様をDVDにて観賞。

第38巻第22章「難症」では開教当初、聖師の云う事を聞いて布教に従事していた者は西田

元教
と浅井はなの二人のみであったことを確認。

24章「呪の釘」その後第2巻第15章「山幸」を各々分担して拝読。

この両章は神代と現界(明治30年台)の事象が酷似していて、神代における元照彦が現界では

西田元教
となって神業に奉仕したことを窺わせていて非常に興味深いところであります。

                                       田上記




西田元教翁帰幽50年目の式年祭のDVD鑑賞と共に田上さんから、物語拝読と共に言霊、数霊

のお話をしていただきました。


現代、最も最先端の暗号に数学が用いられています。つまり数字です。数字には非常に複雑で重

要な意味を含ませる事が出来ます。かつて、100年も前からこの数字の機密性を操作し暗示し

後世の我々に残された膨大にして神秘的なメッセージとして霊界物語があります。それはかつて

神界、幽界、現界起こったこと、さらに起こること、全ては偶然ではなく神の意図的に織り成し

た壮大な物語の一片とも言え同時に全体ともいえる。陰陽の真実です。

 さて、今回の勉強会はその折り重なる不思議な数字を田上さんからお話していただきました。

567をみろく。666を3つの6でみろく。369もみろく。3は瑞(みづ)を意味し、5は

厳(いづ)を意味します。3と言う瑞を意味する数字に焦点を当て、話を進めていただきました。

今年平成20年は、西田元教翁帰幽昭和33年3月3日より50年目に当たりますが、出口王仁

三郎聖師が昭和3年3月3日56歳7ヶ月を迎えられて80年目となります。また聖師さまが帰

幽されて60年、開祖が帰幽されて90年さらに聖師様高熊山ご入山から110年目と大本にとっ

て数々の節目の重なる年で、そこに西田元教翁帰幽50年も厳然として列している。ちなみに平成

3年3月3日は西田元教翁帰幽昭和33年3月3日より、33年目になる。この過去の数字の一

致は明治、大正、昭和、平成の年号が偶然に重ならなければ生じません。西田元教は生前に帰幽

の日(昭和33年3月3日)をご自身で予告しておられます。偶然が何度も重なるそれは偶然で

は無いと結論できるのではないでしょうか?全ては定められた事、として。霊界物語38巻第2

4章「呪いの釘」(大正11年10月18日旧8月28日録)にて西田元教、明治33年8月下

旬の物語を拝読いたしました。これは現界で現実に起こった出来事を後述した事実であります。

ここで西田元教は聖師様の腹心として登場します。次に、神界の出来事として霊界物語第2巻第

15章「山幸」にて西田元教を連想させる元照彦が言霊別命(聖師様)の弟として登場する。こ

の神界の出来事と現界の霊界物語38巻第24章は非常に重なります。更に、綾部は北緯35度

に位置し、みなべ(瑞乃部)は北緯33度に位置します。みなべ(瑞乃部)は西田元教生誕の地

であります。生誕の地に33 予言の帰幽に3333、如何なる偶然か、南部の高速道路のイン

ターは33。3は瑞(みづ)を意味し、数字の不思議を偶然ではなく必然と考えた時西田元教に

関わり続ける3の数字は、彼を「瑞」との言霊が胸に響くような気がいたしました。


今回の勉強会は霊界物語中の紀州から琉球、台湾の勉強会の続きで台湾在住の私たちの所に田上

さんが年に数回にわたってお話に来てくださり霊界物語と台湾の関係に親近感を覚えるようにな

り、西田元教氏は田上さんのご親戚でもあることから今回は更に数霊の因縁に感銘を受ける勉強

会になりました。霊界物語初心者の私たち家族には、目の前の田上さんが幼少時に抱っこされた

西田元教、という方が物語の中の遠い人ではなく、血肉を分けた近い存在として感じられ時空を

超えて物語が身近に感じられた貴重な勉強会でした。

                                       まさき報