教室レポート(40) 2007
北陸も今年は一週間遅れで梅雨に入りました。ラニーニャの影響で今年の梅雨は短く 暑い夏が来るとか?今日は曇っています。 今月は出口先生に代わり阿良田が代理講師を務めさせていただきました。 第三巻・十五章、神世の移写から二二章、神前の審判までを拝読。 十五章では万寿山(亀岡)の八王神磐樟彦は赤玉を守り、『霊鷲山(高熊山)をもって 第二の高天原と崇め、三ツ葉彦命(出口聖師)の神跡を慕ひて神人修業の聖場と定め』と あるように、まさに聖地亀岡を彷彿とさせます。 17章の「岩窟の修業」では八王神磐樟彦は、単独にて万寿山城をひそかに出城し、 霊鷲山の大岩窟にいたりて百日百夜、すべての飲食を断ち、世染をまぬがれ一意専心に 霊的修業をはげみ・・・女神によって、坤の大神豊国姫命の御精霊体なる照国の御魂を 親しく拝し。そこで『この御魂をつつしみ拝せば三千世界の一切の過去と現世と、未来 の区別なく手に取るごとく明瞭にして、二度目の天の岩戸開きの神業に参加し、天地に 代る大偉功を万世に建て、五六七の神政の太柱とならせたまはむ。神界の状勢は、この 御魂によりて伺ふときは、必然一度は天地の律法破壊され、国治立命は根の国に御隠退 のやむなきに立いたりたまひ、坤の金神豊国姫命もともに一度に御退隠あるべし。しか してその後に盤古大神現はれ、一旦は花々しき神世となり、たちまち不義の行動天下に 充ち、わづかに数十年を経て盤古の神政は転覆し、ここに始めて完全無欠の五六七の神 いたるを待たれよ。神の道にも盛衰あり、また顕晦(けんくわい)あり。今後の神界は ますます波瀾曲折に富む。焦慮らず、急がず、恐れず、神徳を修めて一陽来復の春のき たるを待たれよ』と懇に説き諭したまひて、たちまちその気高き美しき女神の神姿は消 傍線部分の「必然一度は」と「数十年を経て盤古の神政は転覆し」とあるように国祖 のご引退とミロクの世完成までのシナリオは、天地の剖判時に神が理想世界完成の設計 図に書かれたことであります。ただ、この数十年とは霊界における年数であり、吾々が そして、全てが定められた設計図通りの出来事という感がします。理想世界の完成は霊 界物語が世に出たことで、最終段階にきていると言えるのではないでしょうか。 次回は 7月25日(水) PM 1:00~ 第三巻
何時の日か世界は治平ならむ、憎み憎まれ、恨み恨まれ、殺し殺され、誹り誹られ、世は 永遠に暗黒の域を脱せざるべし。・・・』とあります、今の世の中は相手が手を上げたか らそれを防ごうとして同じく手を上げるならまだしも、手を上げるという噂を聞いただけ で先制的に、意図的に手を上げる世の中です。 今、平和憲法を持つ日本にとっては、武器や軍隊は必要ありません。過去の戦争を恥、 人の交流や外交を主眼とし、神の教えに根ざした善言美詞による対話(言霊を以て相手を 言向和す)や皆が神の子として、互いに愛し助け合う精神(人類愛善)をもって国の守り とすることが必要ではないでしょうか。即ち、人によらず、国によらず、天地の律法にの っとって行動することが必要だと思います。 次回は 7月24日(火) PM 6:30~ 第三巻
第6巻11章から20章、「大峠」を中心に前後の章を学んだ。
国祖は御隠退され、国祖国治立命とその妻神豊国姫命は、野立彦、野立姫に名を変え、天教山、
地教山に身を忍び陰から守護をされ、多くの宣伝使を養成し予言警告、救済の神業を行われた。 しかし、御教えや宣伝使の艱難にも拘わらず、神の言葉を聞く神人は千人に一人もいなかった。
そしていよいよ大洪水が来襲し、地上界は惨憺たる状況になり、宣伝使の宣示に耳を貸さなかっ
たものも、いざとなると逃げ惑い大混乱となる。 神示の方舟、一名目無堅間(めなしかたま)の船(思想の大洪水を救済する完全無欠の船。形
ある船ではなく瑞霊の教え、霊界物語)には神人のみならず牛馬、鳥等も救われる。やがて方舟 は幾百千とも限りなく、地教山の八合目あたりに漂着する。 『地上神人の精神の悪化は、地上一面に妖邪の気を発生し、自然に天変地妖に至るものである。
古今未曾有の天変地妖の襲来したのも、全く地上の人類が、邪霊(三種の邪鬼)に憑依されて、 神に代わって天地経綸の主宰者たるべき天職を忘れ、体主霊従の行動を敢えてし、天地の神恩 を忘却したる自然的結果である。』 ― 今このような時代だからこそ心に染みる言葉である。天職とは地上界を元の神世、地上天国
にする実行者としての神業。 『誠の神心に成ってくれよ』の神心とは、自分の為ではなく、人のため、利他的に生きること
に深い喜びを感じるもので、本来人はそのようにつくられているようである。 今は、まさに利己主義が横行している世の中であるが、聖師の随筆には『利己主義は世の中を
崩壊させる』と書かれている。 竜宮城にある三重の金殿では、丁字形の金銀銅の天橋から同色の霊線が降り、その端の鉤で、
身魂相応にそれぞれの橋上に救済された。三重の金殿には顕国の御玉、素盞嗚大神の霊魂であ る瑞の御霊が奉られてある。それは聖師の存在であり霊界物語である。 野立彦、野立姫は地上の惨状を見て悲歎に絶えず、一切の万有の贖いとして根底の国に落ち行
き、無限の苦しみを受けられ噴火口に身を投じられる。 ただ、至仁至愛、至誠至実の身魂は、いかなる烈火の中も、その身魂を害う事はなく、『誠の
力は世を救ふ』の実証なりとある。 この神の極仁極愛の御精神をうかがい、感謝とともに人民としては、一日も早く、一人でも多
く覚醒することが、唯一これに報いることになると思う。 『善悪の標準は複雑である。人を審判する権限は大神のみにあり、唯人は吾が身の悪を改め、
善に遷ることのみを考え、決して他人を審判する資格なし』と書かれ、注意すべきことである。 先生から他に、遺伝子学者、村上和雄氏のお話があった。
遺伝子の連続性を逆算し、親の親そのまた親をさかのぼると、その究極には何かがある。村上
氏はそれを『サムシング・グレート』と呼ばれている。我々は伊弉諾大神、伊弉册大神と理解 できる。 最後に先生は、『まさしく今日は「大洪水」前夜のような時代を迎えているのではないか。』
と言う言葉で締められた。 全く同感であり、同じ状況にあると思われる。すべては物語に書かれているわけで、一層しっ
かり学んでいきたいものである。 次回は8月12(日)6巻の続き
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