教室レポート(154) 2017
金沢、富山共通
愛善世界誌6月号掲載の霊界物語 第4巻 第22章 『窮策の替玉』を拝読。
ここまでの粗筋。八王大神常世彦の悪計により常世会議が開かれる。神は予てから大道別を聾唖者、痴呆に仕
立て道彦と名を変え、常世城に潜らせていた。八王大神の目的は 自分が国祖の地位に取って代わろうとして、
「道義的の世界統一のために武器の放棄と主権者八王の撤廃」を提唱するが怪事が続発し会議がまとまらない
。そこに突然、常世彦は発病し壇上で倒れ会議の進行が怪しくなる。
道彦の人物像: 大道別に同じ{瑞霊のはたらきにつけられた神名}
大道別はローマ城の侍従長。春日姫に化けた悪弧の血を一滴口に含み、聾唖者、痴呆となって、南高山にたど
りつく。大島別の娘、八島姫の難を救うが、国直姫命より重大な使命を帯び、道彦と名を変え、再び放浪の旅
に出る。国直姫命よりは「汝はこれより吾が命を遵奉し、神界経綸の大業を完成するまで、地上の各地をめぐ
り悪神の陰謀をさぐり、逐一これを国治立命に奏上すべし。それまでは汝は仮に道彦と名乗り、かつ聾唖とな
り、痴呆と変じて神業に従事せよ。汝には、高倉、旭二柱の白狐をもつてこれをせしめむ。使命を遂行したる
上は、汝は琴平別命(日の出神)と名を賜ひ、竜宮の乙米姫命を娶はし、神政成就の殊勲者として四魂の神の
中に加へむ」【第四巻 第三四章 旭日昇天】 大道別→道彦→琴平別命(日の出神)→南天王。仏者のいう大
日如来。四魂の神(竜宮の乙姫と共に)の一柱
本文
『いかなる美事善事と言っても、天地根本の大神の御許可のないときは、完全に何の事業といえども、成功
することは不可能である。世界の一切はすべて神の意志のままで、神は宇宙一切を至美至善の境界に転回させ
ようとするのが第一の理想で、かつ生命である。ゆゑにどんな善い事業といっても、第一に神明を祭り、神明
の許諾を得て着手しなければ、その善も神を悦ばせることは出来ず。つまり神の眼からは、自由行動の行為と
見られ、しかも宇宙の大本(根本)である神の尊厳を犯すものとなるからである。』
《この宇宙は神の御意思によって造られたものである以上傍線部分にあるように、宇宙は総て神の御意思によ
って動いているので我々の干渉できる世界ではありません。失敗すると自分の思いと違うため、一時的には神
は無きものと勘違いしますが「神は宇宙一切をして至美至善の境界に《悪から善へ》転回せしめむとするが第
一の理想にして、かつ生命なり」とあるように、五六億七千万年という長い年月を掛けて精霊を至美至善の世
界に住まわせようとされているのが神の理想であり生命です。わずか100年の人生では計り知られぬものです
》
また
『神が人間をこの世に下したまへる目的は、何事も神の命のまにまに、天地の経綸に当らしめむが為なり。も
し、神にして善事ならば自由行動をなしても差支なしとする時は、ここに宇宙一切の秩序を破壊するの端を開
くことを忌みたまふが故なり。ゆゑに、一旦神に祈願し着手したることは、たとへその事が万一失敗に終ると
も、ふたたび芽を吹き出し、立派に花咲き実る時期あるものなり。これに反して自己の意志よりはじめて失敗
したることは、決して回復の時期はなきのみならず、神の怒りに触れて、つひには身を亡ぼす結果をきたすも
のなり。』
《先に言ったように神は壮大な計画の元に宇宙を造られ今は最終段階とは言えまだ途中です。従って神の意志
に反する行動は決して許されません。
また、善い事だからと言って勝手に自由行動をとってもよいという事にはなりません。それは、「神は順序に
まします」からです。宇宙一切は神のご計画通りに進んでいるのです。例えばものを造る時は設計図があり部
品調達があり、そして組み立てが始まります。部品の調達が出来ないのに組み立てを始めても途中で休む事に
なり、時にはもう一度組立て直しをしなければならない事になります。
順序を間違えて後からすべきことを先にしたり、その逆では計画に狂いが生じます。ましてや神様に報告(祈
願)無しに行う事は宇宙の秩序を乱す事です。祈願をして行った事がその時失敗に終わっても、時期が早かっ
たのでその時期が来れば成就するものです。
「神は時節にかなわぬぞよ」とは、どんなに急いでも一つでも部品が出来上がらなければ組立ては完成せず、
必要な時に必要な部品が揃えば自然と組み上がって行くように、順序を踏んでいけば、その時(時節)が来れ
ば自然に出来上がります。それで、遅すぎても行かず、早すぎても物は出来上がりません》
高岡教室
今月より20巻に入る。序、凡例、総説。第1章「武志の宮」を拝読。
武志の宮は31頁に及ぶ長い章です。天の真浦は駒彦、秋彦によって断崖から突き落とされます。その理由が
、ここで腹を立てる様な事では、宣伝使の資格がない。と忍耐を試されます。「怒るなかれ」は宣伝使にとっ
て重要な心構えです。
松鷹彦に三五教(大本)はどんな教えかと聞かれ、真浦は①、世界を神の慈愛の教に依って、道義的《人の
行うべき正しい道》に統一し。②世の立替立直しを断行。③体主霊従の物質的教に心酔せぬ様教える事。④総
てを神様に任せ、自分の我を出さず。⑤天地神明の鴻恩を悟り感謝祈願の道を忘れぬ事。⑥常に謙譲の徳を養
い、難儀に遇うも誠の道の為なら恐れず、誠を以て切り抜ける事。⑦天下救済の神業に奉仕する。
有言実行と不言実行が会話の中に面白くでてきます。 「御互に神様の御子ぢや。右の手より施す物を左の
手が、知らぬ様にするのが、誠の不言実行、三五の教だ」はキリストの「右手のやることを左手に知らせては
ならぬ」と同じで、有言実行よりも、実際の行動に移すことは困難です。卑近な例で言えば、けちん坊は常日
頃から意識が節約の方向に働らいています。ですから半分は無意識のうちに働くものです。不言実行と言うこ
とも常に相手(又は社会)のこと考えていなければ出来るものではありません。本来それが神の教えを聴いた
人の行動です。この意識を持つと言うこと、何に意識を向けるかということ。お筆先に、常に「抜き身の中に
いる」様な気持ちでいなさいとある。そして、常日頃という所がなかなか難しいところですが。言うは易く行
うは難しです。
海藤尊(医学博士で作家・チームバチスターの栄光等)がいます。彼が加藤浩次との対談の中でこう言ってい
ました。「情念は口に出せるようになった時点で劣化している」と。
金沢教室
第17巻第16章「城攻」、第17章「有終の美」、「玉の礎(3)」を拝読。
荒鷹、鬼鷹、丹州、紫姫、馬、鹿等鬼ヶ城の仲間と悦子姫、音彦、加米彦、青彦、夏彦、常彦達は鬼熊別、蜈
蚣姫を改心させるため敵と味方に分かれ言霊戦を開始します。
まず寄せ手の武将加米彦が先陣を切って宣伝歌を歌います。続いて敵方の丹州が白扇を開いて宣伝歌を歌い応
戦します。小男の夏彦は岩窟に向かって歌えば、岩窟から鹿公が大音声で宣伝歌を歌い、ついに悦子姫の陣営
に逃げて来るので音彦達は大笑いをします。更に常彦と馬公、青彦と荒鷹が互いに応戦し、音彦に対し鬼鷹は
白扇を開いて言霊の応戦をし、天地に向かって合掌し、うれし涙にむせび地上に倒れます。鬼熊別の手下達も
感激の涙にうたれ大地に平伏します。最後の、紫姫は声もしとやかに歌い終わり、天地に向かって拝礼します。
悦子姫が鬼熊別の館に向かって宣伝歌を歌い終わると、火炎もうもうと立ち上り阿鼻叫喚の声と共に鬼熊別、
蜈蚣姫は天の岩舟に乗って東方の天に向かって逃げていきます。
そして、敵も味方も一同に「三五教の宣伝使、万歳々々」と三唱します。
報告 阿良田
次回7月
金沢、高岡合同 7月24日(月)午後6時より 20巻
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