年の春、再度登山して休息してをると、自分の脚下に、その三ツ葉躑躅が生えてをるの
を見出し、はじめてその歌の謎が解けたのである。
 「朝日照る」といふ意義は、天津日の神の御稜威(みいづ)が旭日昇天の勢をもって、八紘
に輝きわたり、夕日輝くてふ、他の国々までも神徳を光被したまふ黄金時代の来ること
であって、この霊山に神威霊徳を秘めおかれたといふ神界の謎である。
 「三ツ葉躑躅」とは三つの御魂、瑞霊の意である。ツツジの言霊は、萬古不易の意
である。「小判千両埋けおいた」大判は上を意味し、小判は下にして、確固不動の権
力を判といふのである。すなはち小判は小幡(こばん)ともなり、神教顕現地(こばん)ともなる。穴太の産
土(うぶすな)神社の鎮座ありしも、御祭神が開化天皇であったのも深い神策のありませることと恐
察し得られる。これを思へばアゝ明治卅一年如月の九日、富士浅間神社の祭神、木
花咲耶姫の天使、松岡芙蓉仙人に導かれて、当山に自分が一週間の修業を命ぜら
れたのも、決して偶然ではないとおもふ。
 神示のまにまに高熊山に出修したる自分の霊力発達の程度は、非常に迅速であった。